
書類とか、手続きというものが苦手だ。
まず、それらは多くの場合、紙という形式でやってくる。
僕は紙というものが苦手だ。無くすからだ。どこにやったかわからなくなる。そんなどこにあるかもわからないものを、探し続けなければならない。僕の人生はそんな為にあるんじゃない、なんて思いながら、それでも探す。殆どのケースでは電話して再発行をお願いする。僕に書類を送った方も災難だろう。ごめんなさい。
その書類も、決められた形で、決められた通り、記入しなくてはならない。たとえば、電話番号の記入欄がこうなっていたとする。
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このカッコに入るのは、市外局番だろうか、それとも、それに続く番号なのか。それを間違えたら、これまで書類記入に費やした僕の労力はどうなるのだろうか。
「印」に押すべきハンコは実印だろうか。そもそも僕の実印って認印とごっちゃになっていてどれかわからない。どれだ。
決められた時間に提出しなくてはならない(土日祝日は空いていない)。平日、調整して来たのに、これに失敗したらまた日程調整が必要だ。なぜみんな平然とそんな難しいことができるのだろう。もうだめだ・・・と、大袈裟に言うのならば、こんな感じになってしまう。
新卒では当時2000人ほどが働く、大企業に入社した。
もちろん人事、総務、経理という部署があり、僕は年末調整やらなんやら、よくわからない処理をよくわからないままでいられた。
そういえばあそこは、今は何人になったんだろう・・・3000人くらいにはなったのだろうか。
転職して、海士町に来た。社員数は〜10人。
今度は総務経理を担当して下さる方とすぐそこの距離にいて、
なにやらお金があわないとか規定をどうするとか、そんな大変そうな様子を目の前にしていた。経理の仕事の一部を社員みんなで回すこともあったし、会計ソフトも触ってみたりした。分からないことだらけだった。
独立し、契約書なるものをグーグル先生に教わりながら作り、
今は税務署や県に提出する資料や、白色申告などについて調べている。よくわからないし、苦手意識は払拭できないのだけれど、でも自分でやるしかない。きっとこれから待ち受ける本格的な独立を前にしたらそんな大変なことじゃないのだろうけど。
独立に向けて色々調べ出した時から、会社員って、やっぱり世の中的にかなり恵まれている立場なんだと思った。ややこしい手続きはいらず、有限責任で、給料は固定的に入り、税金やら年末調整やらの手続きもやってくれ、社会保険も会社が、決して少なくない金額を払ってくれる。もはや、(儲けが増えるわけでもないのに)何で辞めたんだろうなんてふと思うくらい恵まれていると思う。
もう、「知らない」「分からない」「できない」ではいられない。
仕事だけやってればいいわけじゃない。
社会の中で、社会の仕組みを理解して、一つひとつやっていかねばならない。
三十にして立つ。
僕の場合、意味は文字通り「一人立ち」だ。それはすなわち、自分が社会で生きるということの一部を、これまで会社に支えてもらっていた、ということだ。さらに言うと今までが這い這いをしていたオコチャマってことなんだろう。できることから、少しずつやっていこうと思う。
ちなみに、別に、会社員が甘えている、ということを言いたいわけじゃない。
文字通り鎬を削って、切磋琢磨しながらバリバリ働いている会社員の人たちを見ると、頭がさがる。シュッとしたスーツに身を包み、肩で風を切って歩くビジネスマン達に、憧れもあるし、かなわないと思っている。結局僕は、そんな生き方ができなかったのだから。
かなわないし、僕はその生態系の中でやっていけないのだから、違う生き方をしようと思っている。社会の仕組みを、今更だけど理解していきたい、それだけの話だ。
また、「ドイツなど、日本と比べて労働時間あたりの生産性が高い所はなぜ高いのか」という話題を最近よくする。ある大学の先生は、「オトナな人が多い」と言っていたそうだ。プロとして、働く時は働くし、だからこそ休みの権利はしっかり主張する。納得いかない仕組みはとことん議論するし、ダメならその会社を離れるだけだ。そういうことなんだろう。とするなら、日本はオトナじゃない人が多いってことだろうか。上と議論する文化がないのだろうか。
僕は独立してみたけれど、今後どうなるかわからない。ちゃんとドイツの人たちみたいに、仕事と対価や休暇等をイーブンに取り扱えるだろうか。自信は正直あまりないけれど、実験をしてみようと思う。
社長はよく「これは人生実験だ」という。
僕も人生実験だ。「人生は実験だ」ってことかもしれない。
